日本膵臓学会理事長 田中 雅夫
2005年7月27日東京において開催された日本膵臓学会理事会において、松野正紀理事長の後任にご選任いただきました。私に担えるかどうかはなはだ心許ない重責ではありますが、精一杯頑張ってみたいと思っております。
私は昭和49年(1974年)に九大を卒業し、第一外科入局後研修医の2年目のときに現福岡大学第一外科池田靖洋教授に師事してERCPの手ほどきを受けました。丁度その頃、内視鏡的乳頭切開術が開発されたというニュースが入り、傍乳頭総胆管十二指腸瘻からの胆管結石の摘出を試みたりしていた私どもはすぐに日本猿を用いた動物実験にとりかかりました。内視鏡的乳頭切開術は瞬く間に普及し、それからの乳頭に関する内視鏡的処置の進歩は皆様ご存知の通りです。私はこの時代にERCPに携わることができたことを幸運と思いますし、池田先生に師事できたことを何ものにも替え難い幸福と思っています。ERCPに触発されたかたちで膵臓病学に興味を抱き、外科医ですから膵癌を何とかしたいと情熱を燃やしながらそのままの勢いでここまで参りました。
本学会は日本膵臓研究会として昭和44年に設立され、本年で36年目になります。初代会長であった青山進午先生(名古屋大学内科)から、山形敞一先生(東北大学内科)、本庄一夫先生(京都大学外科)、佐藤寿雄先生(東北大学外科)、竹内正先生(東京女子医科大学内科)、松野正紀先生(東北大学外科)と脈々と受け継がれ、会員諸先生の研鑽と精進によって膵臓病学の進歩に貢献して来た本学会の事務局を担当させていただくことを誠に光栄に存じております。 折しも、1982年に癌研の大橋計彦先生、高木國夫先生が報告された粘液産生膵癌がIPMNとして整理され、2004年に松野正紀前理事長が仙台で開催された国際膵臓学会でのシンポジウムのメンバーを中心としてIPMNとMCNの国際診療ガイドラインをまとめることになり、松野先生のご下命により国際チームの座長を務めさせて頂きました。大橋先生の報告以来本邦で多くの知見が蓄積されて来たIPMNですから、国際チームの他に19名からなる国内委員会を結成させていただき、最後の「詰め」のところでも大いに活躍していただいてまとめあげることができました。画像に関しては国内委員会の方々の貢献によるところが誠に大きいガイドラインです。2006年初頭にはPancreatologyから出版されます(Pancreatology 2006;6:17-32)。メンバーの方々のご許可を得まして、和文での解説書も医学書院から出版する予定になっております。わざわざ和文で解説書を出しますのは、とくに本邦の研究者に2006ガイドラインをよりよく理解していただき、次の問題点に照準を合わせた検討を進め、英文論文で世界に向けて早く発信していただきたいと切に願うからです。 ほぼ時期を同じくして、日本癌治療学会で進められていた名古屋大学中尾昭公教授による膵癌の化学療法についてのガイドライン作成委員会の検討を受け継ぐ形で、本学会の膵癌診療ガイドライン作成委員会が活動を始め、その委員長を仰せつかりました。1年以上をかけた委員の方々のご努力で、これも現在評価委員の方々の評価をいただくまでになり2006年早々には出版公開できる運びです。委員その他本当に多勢の関係者の方々のお働きによって、その内容もまとめるスピードも、日本癌治療学会の佐治重豊担当理事から「敬意を表したい」とのお言葉をいただけたものになりました。 以上の二つのガイドラインは日本膵臓学会が今後とも改訂に向けての中心的役割を果たして行かなければならないものです。無論、急性膵炎、慢性膵炎、自己免疫生膵炎などについても本学会会員に大いに活躍していただかなければならないと考えています。本学会は膵臓病の克服に熱意のある会員が集う専門集団ですから、それらしい活動を今後も引き続き展開していけるように全力を尽くしたいと考えています。膵臓に興味を持つ若者をもっと集め、彼らの活躍の場をつくり興味を伸ばすことが日本の膵臓病学を発展させる道です。会員の皆様、どうかよろしくお願い申し上げます。
第七代日本膵臓学会理事長
田中雅夫
(九州大学医学研究院臨床・腫瘍外科)