あとがき

膵癌診療ガイドラインは初版を2006年3月15日に発行したが,同年の4 月21 日には早くも第1回の改訂委員会を北九州で開催した。委員は基本的に今回までは前回と同様としたが,転勤の関係で一部が交代した。その後,ガイドラインがひとまず普及したと思われる頃を見計らって日本膵臓学会会員にその評価を問いかけるアンケートを行い,その結果をまとめたデータをもって第2回委員会を2007年4月21日に青森で開催した。推奨のグレード分類をMindsのA,B,C1,C2,Dと分けた新しいものに変更することとして改訂作業を進め,第3回を2007年6月27日に福岡で,第4回を2008年1月19日に再び福岡で行って形を整えた。初版のときは公聴会を3 回にわたって行ったが,改訂では2回でいいだろうということになり,2008年5月10日に福岡の第94回日本消化器病学会,同年7月31日に横浜の第39回日本膵臓学会大会で公聴会を開催した。さらに修正を加えて推敲したガイドラインを,日本膵臓学会のホームページ(http://www.suizou.org/)に2008年10月末より1カ月間公開し,最終版として整えた。診断と治療のアルゴリズムなどに変更はなかったが,内容では膵癌の危険因子にIPMNを主体とする膵囊胞が追加された。これには綿密に経過観察された本邦からの結果が英文論文2編に報告されたことが役立った。また,放射線治療の項にかなりの追加改訂がなされた。
 本改訂版は初版の不十分な点を改め,膵癌の診断と治療に関して最近の3 年の間に得られた新しい知見を加えて改訂された。初版と本改訂版はほとんど同じ顔ぶれの委員会で担当したので,委員の方々には5年近くの長い間かかわっていただいたことになる。各種のガイドラインがほぼ出揃った現在と違い,当初は戸惑ったり,やり直したりしながらのこともありご苦労だったことと思う。次回からは半分あるいはそれ以上の委員に交代していただいて,新しい視点を入れての改訂にしたいと考えている。次の改訂時期は,改訂を要する進歩がどの程度の速度で蓄積されるかを見守りながら決定することになると思う。

平成21年8月31日

日本膵臓学会膵癌診療ガイドライン改訂委員会 委員長
九州大学大学院臨床・腫瘍外科
田中雅夫

2006年版 あとがき

本ガイドラインを公開するにあたり,ここにその策定の過程を要約して書き留めておきたいと思う。日本膵臓学会前理事長の松野正紀先生から膵癌診療ガイドライン作成小委員会委員長の辞令をいただいたのは2003年8月のことであった。副委員長を九州がんセンターの船越先生にお願いし,他に外科7名,内科4名,放射線科1名の委員会を結成した。多勢に及ぶと作業内容は分散して楽にはなるが,その分まとめるのは困難を伴うようになりがちであるから比較的少人数の委員会にし,目標を2年以内にガイドラインを作成して理事長へ報告することと定めた。診断法と診断基準,化学療法,放射線療法,外科的治療法,補助療法(術前・術後)という項目を決め,各々担当の委員とチーフを決定し,日程伺いを立てて委員会を持つまでに半年を要した(第1回2004年3月5日)。少人数のために委員の方々には複数の役割をお願いすることになり大変ご苦労をおかけすることになったが,これだけの人数であっても一同に会するということがいかに難しいかを示している。それから先はクリニカルクエスチョン(CQ)の設定,文献検索,採択,通読,推奨度決定,構造化抄録作成と,電子媒体を駆使してぐんぐん作業を進めた。3カ月間でCQ設定を済ませる間に,国立保健医療科学院研究情報センター磯野威先生から文献検索の専門家をご紹介いただき,検索を行う傍らチーフ会議を開催(第2回2004年7月13日),文献選択の仕方,推奨度の決め方などを学びながら,9カ月後の日本消化器病学会の折に1回目の公聴会を開催することとして作業に拍車をかけた。
 論文選択に約半年を要し,そのコピーを揃え,約2カ月間で構造化抄録の作成を進めた。この段階で,エビデンスレベルの決め方がまだ様々で一定したものがないことがわかったが,混乱を避けるためにひとまず当初採用したOxford分類のままとし,作業を進めながら検討を続けた。結局,推奨度を決める段階になって,MINDSの指示に従い福井次矢先生の「診療ガイドラインの作成の手順ver. 4.3」の採用を決定した。再び委員会を開催,日本癌治療学会診療ガイドライン委員会の佐治重豊先生にもご出席いただいてご意見をいただいた(第3回2005年1月18日)。
 第1回公聴会には250名を超える参加者があり,活発な意見交換があった(2005年4月15日)。これらを取り入れて修正を加えたものを日本膵臓学会の評議員へ前もって送付したうえで,横浜の日本肝胆膵外科関連会議の際に第2回公聴会を開いた(2005年6月9日)。ここでは,エビデンスとそのレベルに基づいた推奨度のみでは今後の研究への展望がみられないとの意見が強く,別欄に「オピニオン」として展望や将来の研究につながるような意見を少しだけ入れることにした。その修正を受けて東京の日本消化器外科学会に合わせて委員会を開き(第4回2005年7月22日),続いて日本膵臓学会の際に第3回の公聴会を開催した(2005年7月28日)。その結果,オピニオンという言葉がガイドラインにしては強い意味を持ちすぎる懸念があるということで,これを「明日への提言」と変更した。その他にも公聴会の度に多くの修正を加え,機関誌「膵臓」で会員に通知したうえで2005年9月28日から1カ月間日本膵臓学会のホームページに全文を公開した。アクセスは151回(外科77,内科55,放射線科2,病理1,看護師・技師13,その他3),ダウンロード数は119件あった。寄せられた意見は3名からのみであったが修正に有用であった。さらに各方面からの意見を伺い,評価委員に公衆衛生学専門家,膵癌以外の領域を専門とする医師会関係者,および患者さん各1名を追加した。10月末までには委員と大勢の協力者の手による構造化抄録が出揃い,11月末までに3社からの出版費用の入札と選定,日本癌治療学会診療ガイドライン委員会の佐治委員長へその結果の報告を済ませた。かくして,委員会を結成して2年弱,辞令を拝受して2年半で出版まで持って行けたのは,ひとえに松野正紀前理事長のご指導のもと,本小委員会委員,協力者,評価委員,学会事務局諸氏のご健闘の賜である。日本癌治療学会の北島政樹理事長,佐治重豊ガイドライン委員長にも大変お世話になった。心より感謝申しあげる次第である。
 膵癌は,まだ決定的な早期診断法が確立されていない。上腹部痛,血清膵酵素の上昇,尾側膵管の拡張や囊胞形成,膵腫大,中年以後の糖尿病の発症または増悪など,いわゆる「閉塞性膵炎」に基づく種々の徴候をよく理解し,十分な注意を日常的に払うことが診断への早道である。最近,膵管内乳頭粘液性腫瘍が別の意味での診断の契機になり得ることを私どもは提唱し,現在検証が進められつつある。診断技術も治療法も日進月歩の時代であるから,ガイドラインは数年ごとに改訂されていく必要があり,委員会は出版とほぼ同時に改訂作業に入るが,本ガイドラインが,現時点での膵癌の診断に関する正しい知識の普及と治療方針の標準化に役立つことを願っている。

平成18年3月10日

日本膵臓学会膵癌診療ガイドライン作成小委員会 委員長
田中雅夫